( ’04/8/3 & 8/7 追加 )


針の木岳に興味を持ったのは、11年前(’93)の夏、剣・立山登山のために、ケーブルカー&ロープウェーの順番待ちで散々待たされた後に、大観峰に到着して眺めた、黒部湖の上に聳え立った姿を見たときで、いつか機会があったら爺ヶ岳に続くこの尾根筋を、立山・剣を眺めながら歩いてみたいという想いを抱いた。
そして、体力の衰えを感じてきたこの夏、充分な余裕を持った次のような計画を立て、この山に挑戦することとした。

第1日は、朝ゆっくりと自宅を出て信濃大町〜扇沢、1.5時間歩いて大沢小屋泊まり。
第2日は、針の木大雪渓を登り針ノ木小屋へ。午後はこまくさで有名な蓮華岳に登り、ゆっくりと花を眺める。
第3日は、2日間の行動で体力に自信が持てたら、針ノ木小屋から種池山荘まで後立山最南部の尾根筋を縦走する。
第4日は、空身で爺ヶ岳を往復した後、扇沢に下山。大町温泉郷・日帰り温泉で汗を流して帰宅。

第1日こそ土砂降りの雨の中を1.5時間歩いたが、翌日からの3日間は梅雨明けの快晴で、特に第3日は一日中、左間近に立山・劒の山並みを、前方には爺・鹿島槍からはるか彼方の白馬岳に続く後立山の連峰を眺め、沢山の山の花たちにも出会えて、身体はバテバテだったけど充分満足した山旅だった。

さらに、下山した翌日から山の天気は不安定となって各地で落雷事故が発生し、爺ヶ岳でも落雷による怪我人が出たとのニュースを聞いて、「俺たちはついてたなー」と、改めて幸運に感謝した次第です。


東京では6月末から連日カンカン照りの空梅雨、梅雨明け宣言も無関係な真夏日が続いていたが、梅雨前線は北陸・東北南部に停滞して、新潟・福井に集中豪雨による大水害を引き起こした。
この梅雨前線も徐々に北上し北陸・東北地方の梅雨空くも間近いとの予報で、待ちかねていた夏山登山に出発すべく準備を終えた出発前夜、前線が再び南下傾向との予報が出たが、梅雨明け間近は間違いなく、第一日は多少降られてもやむを得ないとの覚悟で予定通り7/21に出発することとした。


第一日
10時発の「スーパーあずさ」に乗車すべく、混雑を予想して発車1時間前に新宿駅ホームに行ったが、案に相違して人影はまばらで、自由席も発車間際に満席になった程度。
車窓からは甲斐駒・鋸岳も真っ青な空に稜線をくっきりと画いていたが、大糸線に入る頃より雲行きが怪しくなり、13.15 信濃大町をバスが発車した途端雨が降り出した。バスの走行中は降ったり止んだりの状態だったが扇沢に到着した時には本降りになっていた。
雨具を着て、標識に従ってバスターミナル左手の登山道に入る。2〜3回バス道路に出たり登山道に戻ったりしているうちに雨足は一層強くなってきた。たまに行き交う人達は、「毎日雨に降られて、雨の中を登って下ってきました」とのこと。土砂降り状態になってきた雨はゴアテックスのヤッケを透して身体を濡らすが、明日以降は天気次第、とにかく今日は大沢小屋まで頑張ろうと先を急いだ。
大沢小屋で個性派の親父に迎えられ、濡れた衣服を絞って石油ストーブに当たりながら乾かす。
山は10日以上も雨続きで、今日は小屋の飲料水が水源に土砂が流れ込んだためか濁ってしまい、明日以降の水の確保をどうしようか、長年小屋番をしているがこんなことは始めてだと親父が嘆いていた。
今日の宿泊者は我々を含め3組の高年夫婦。広々した各部屋を独占して、夕食後早々に布団にもぐりこんだ。

新宿発;10.00、 信濃大町;13.10〜13.15、 扇沢;13.50〜14.00、 大沢小屋;15.25


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大沢小屋へ



第二日

早朝目覚めて空を見上げると、びっくりするような大きな星がきらめいていた。
小屋の水も濁りは消えていた。朝食後6時出発。篭川左岸を高捲く道を1時間弱で河原に下りて雪渓末端に到着。
持参した昔使っていた8本爪のアイゼンを相棒に、X型アイゼンを私が装着したが、なれない操作に思わぬ時間を費やした。久しぶりのアイゼンをつけての雪渓の登りは快適で、つい嬉しくなってスピードが上がってしまう。何枚も写真を撮りながら、たまに現れるクレバスをよけながら小1時間ほど登ると雪はなくなり(ヤマクボ沢合流点より手前)、そこからはアイゼンを外して石のゴロゴロした河原歩き、雪渓の残ったところはキックステップで、わざと雪の上を歩いた。白馬大雪渓、剣沢雪渓と並んで日本三大雪渓として知られる針ノ木大雪渓だが、今年が特別雪が少ないのか期待はずれだった。
上部に雪渓を残したヤマクボ沢を右手に見て、やや左折した本流を進み、次に左から合流する沢を見て進むと雪解け水の流れる沢沿いの道となり、最後の水場の看板が立っていた。水を補給し顔を洗って一息入れる。ここからは直ぐに上方彼方に針ノ木峠とそこに立つ標識が望まれ、急な岩礫の斜面に付けられたジグザグの道を30分頑張って針ノ木小屋に到着した。

今日は時間の余裕がたっぷりあるので、途中何回も休んだり写真を撮ったりしながら来たが小屋到着は10.15。宿泊の手続きをし、荷物は小屋の外に置いて軽装で蓮華岳に向かった。広く長い頂上部分は岩礫の緩やかな斜面。その岩礫の間のあちらこちらにコマクサが可憐な花を咲かせていた。そして高さ5cm程のタカネシオガマが濃紫紅色の花をかたまってつけ、イワツメクサの白い花、キバナノコマノツメ、イワベンケイ、ウラシマツツジなどなどこの岩礫のあちこちにみられた。
東の方向は雲で隠されていたが、南方遠く槍・穂高、西方直ぐそこに針ノ木岳、その右手に立山・劒、北方には鹿島槍の双耳峰、その先の五竜、唐松、白馬岳方面は霞んで僅かにそれとわかる程度、そして明日歩く針ノ木、スバリ、赤沢、鳴沢、岩小屋岳と続く稜線も一望できた。早速パノラマ写真を作成するために、10数回もシャッターを押し続けた。
山頂付近で40分を過ごし、これから北葛岳、七倉岳を経て船窪小屋へ向かうと言う単独行の女性と別れ、花を撮りながら小屋へ戻った。午後の一時は、¥600/350mlのビールを飲みながら周囲の山を眺めてすごした。
山小屋は混雑を予想して始めは布団1枚当たり3人で押し込まれたが、夕刻になって部屋変えがあり1枚当たり2人の正常状態に緩和され、夕暮れと同時に睡眠薬を飲んで熟睡した。

大沢小屋;6.00、 雪渓末端;6.55〜7.20(アイゼン装着)、雪渓終り;8.10〜8.25(アイゼンを外す)、
水場;9.35〜40、針ノ木小屋;10.15〜45、蓮華岳;12.05〜12.40、針ノ木小屋;13.50


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パノラマ写真
大雪渓へ向かう 大雪渓を登る 針ノ木峠 蓮華岳 蓮華岳の花 蓮華岳山頂より


第三日
朝食は昨夜のうちにもらった弁当の握り飯を途中で食べることとして、快晴の空を見上げて4.50出発。
途中で現れた子連れの雷鳥を撮ったついでに一息入れて、山頂迄1時間強。
間近に連なる立山連峰や劒岳は朝の光を真正面から受けて、赤みを帯びた山肌を細部まで現し圧倒的な迫力でそそり立っていた。これから歩くスバリ岳・赤沢岳・鳴沢岳・新越乗越・岩小屋沢岳・種池と連なる尾根は一望の下だが前途は長い。爺ヶ岳から蓮華岳にかけての東方は逆光の霞の中で何も見えず、この部分はあきらめて、南の槍・穂高から西の立山・劒、北の鹿島槍にかけての山並みをパノラマ用に撮影した。
食欲がなく、握り飯を胃が受け付けない。無理やり1個だけ水と一緒に流し込んだ。水は一人当たり1Lの無料割り当てのほか、1L/200円を購入してきたので今日1日はもつだろう。結局この日は握り飯はこれ以後受け付けず、持ってきたみかんを食べ、パウンドケーキを水と一緒に流し込んでエネルギーを補給した。
山頂で40分と思わぬ時間を費やして、あわてて腰を上げた。

ガラガラの岩の道を足元に気を使いながら下り30分でヤマクボノコル、30分登り返してスバリ岳山頂。山頂手前信州側にコマクサの群落が見えたが近づけず写真撮影は断念。山頂で水分補給と写真撮影で10分。

岩の堆積の道を下り、さらにザラザラの道をジグザグに下ってコルまで30分。あとは大体黒部側をトラバース気味に1.5時間登って赤沢岳。案内書では1.5時間のところ2時間強を費やしたが、今日も時間は充分あるし写真を撮り花を眺め、休憩の度にみかんを食べたり、ポカリスエットで水分補給したりのマイペースを保つ。
赤沢岳からの眺望も素晴らしく、黒部湖の全景が見下ろせるし、そして黒部平駅、大観峰駅が真正面で、その間を上下しているロープウェーもマッチ箱のように眺められた。 パノラマ撮影などで25分休憩。

鳴沢岳までは降って登って丁度1時間。このコルの真下を関電トンネルが貫通し、トロリーバスが走っている。
鳴沢岳山頂で、大沢小屋と針の木小屋で同宿した夫妻に追いつかれたが、二人は今日は直ぐ先の新越山荘泊まりとのこと。我々も計画時に疲労の具合によっては新越泊まりの安全策を考えてきたが、今日は未だ余裕があるので予定通り種池まで行くこととし、先に腰を上げた。

新越山荘までは案内書で30分のところ45分。脚力が弱っているので、大きな岩礫の道の下りは杖を突きながら一歩一歩慎重に歩き、時間がかかるのは止むをえない。
小屋に立ち寄ると丁度種池山荘と定時交信の時間とのことで今晩の予約を入れてもらった。
オレンジジュース(¥350)を買って、パウンドケーキを一緒に胃の中に流し込んだ。この山荘のある新越乗越の信州側は広いお花畑で、コバイケイソウの大群落があり、シナノキンバイ、ミヤマキンバイなども花盛りだった。

種池までは岩小屋沢岳を一山越えて2.5時間、もう一頑張りと励ましあいながら出発。山頂まで1時間。
しばらく降ると爺ヶ岳の山裾に赤い屋根の種池山荘が小さく見え出した。道は土の多い歩きやすい道に変わり、道端の花の種類も多くなって、花にカメラを向ける回数もふえ、やがて棒小屋乗越のお花畑につく。ザックを放り投げてゆっくり花を撮りたい誘惑を断ち切って、山荘に向けての最後の登りの潅木帯に入って行くと、キヌガサソウの大群落が現れ、思わず歓声をあげた。ここでは我慢が出来ずザックを下ろしてカメラを向け何回もシャッターを押した。

途中の道草のせいで、新越山荘から30分余計の3時間かかって種池山荘到着は15.45.。宿泊申し込みをして、部屋に入る前にアイスクリーム(¥480)を買って栄養補給。夕食までの一時、山はガスって見えなくなったけど、小屋の前でビール(¥750/500ml)を飲みおつまみの品川巻をかじりながら、お花畑の花たちと対話して過ごした。
行動時間;11時間、各ポイントでの休憩時間を差し引いた実際の歩行時間;約9時間。さすがに疲れて夕食は殆んどのどを通らず、一口ほどの飯を味噌汁で流し込んでおしまい。
夜は我々の年齢を考慮してくれたのか、後から客が来なかったのか、10人の定員に5人だけでのびのびと熟睡した。相部屋は高齢(私より若かったが)の男性とお供の娘夫婦の3人。

針ノ木小屋;4.50、 針ノ木岳;6.00〜40、 スバリ岳;7.40〜50、 赤沢岳;10.05〜30
鳴沢岳;11.30〜40、 新越山荘;12.25〜45、 岩小屋沢岳;13.40〜50、 種池山荘;15.45



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パノラマ写真
手動パノラマ
針ノ木岳・1 針ノ木岳・2 スバリ岳・1 スバリ岳・2 赤沢岳・1 赤沢岳・2
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パノラマ写真
赤沢岳・3 鳴沢岳 新越山荘 岩小屋沢岳・種池



第四日
眼が覚めたときは一面のガスだったが、しばらくするとガスが消えたので、ナップザックに水だけ入れ、爺ヶ岳山頂目指して5.20出発。黒部の谷は朝霧に埋もれていたが、その霧の海の上に立山・劒の山頂部が浮かんでいた。
早立ちのパーティーが前後にチラホラ。今日も時間はたっぷりだが荷物がないので快調なペース、40分で南峰の山頂に到着し周囲の山を眺めて20分を過ごす。

三角点のある最高峰の中峰までは20分。38年前の正月の冬山合宿で、このピークで鹿島槍に向かったアタック隊をサポートするため、吹雪の中でツエルトを被って4.5時間待ったことを懐かしく思い出した。あの時は翌日から吹雪が続き、東尾根のBCからこのピークまで、目出帽の口や鼻の部分をカチカチに凍らせて登ってきては退却し、結局鹿島槍に登ったのは最初のアタック隊だけだった。あの時の山頂の印象はかなり広かったように記憶しているが、雪が張り出していたためかもしれない。山頂からあの時のルートの白沢天狗尾根・矢沢の頭・東尾根を目で追って、当時の仲間たちに想いを馳せた。

山頂で360°の眺望を満喫し、パノラマ用の写真を撮影して30分後に山頂を後にした。途中花の写真を撮りながら小屋まで45分。
相変わらず食欲なく、朝食代わりに昨夜買っておいたチラシ弁当1人分の一口を分けてもらって水で流し込む。
支度を整え下山開始は8.30。梅雨明け後の土曜日のせいか、登ってくるパーティーも多く道を譲り合う回数も増えたが、それよりも近頃は下りがすっかり苦手となっておっかなびっくり、それでも二人仲良く2回ずつ尻餅をついて、柏原新道登山口に大バテで辿りついた。案内書のコースタイム2.5時間を3時間かかってしまった。
バス道路を扇沢バスターミナルまで歩いたがその20分間ははまるで夢遊病者だった。
発車10分前というグッドタイミングでバスターミナルに到着し、自販機で買って飲んだ冷えた緑茶の美味しかったこと、500mlはあっという間に胃袋に流れ込んでしまった。

途中の大町温泉郷で下車し、日帰り温泉・薬師の湯に浸かって汗を流し、松本からの「スーパーあずさ」でビールを飲んで一眠りし、帰宅したのは19時だった。

種池山荘;5.20、 爺ヶ岳南峰;6.00〜6.20、 中峰(主峰);6.40〜7.10、 種池山荘;7.55、
下山開始;8.30、 柏原新道登山口;11.25、 扇沢バスターミナル;11.45〜11.55
大町温泉郷(薬師の湯入浴);12.15〜13.45、 信濃大町;14.00〜14.41、 松本発;16.06
八王子着;18.01、 帰宅;19.00


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パノラマ写真
種池山荘 爺ヶ岳・1 爺ヶ岳・2 下山


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